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43-44●松葉城跡●[西矛市下松原]
嘉禎二年(一二三六)宇和地方は西園寺公経の荘園となり、西園寺氏が松葉城の前身である岩瀬城に入城したのは、公良の時の永和二年=天授二年(一三七六)であったといわれる。のち一九代実充が黒潮城に居城を移す天文年間ごろまで、約一七〇年間西園寺氏の居城として栄えたが、本城を主とする攻防の歴史は今一つ不明である。松葉城は標高四〇九、九米、宇和町下松葉裏山にあって、典型的な山城で、平らにされた山頂は三段に分かれ、面積約四〇アール余りで、土塁、井戸のほか当時の遺物も多い。山頂は、きつ立した岩をめぐらし、万兵を防ぐに足る要害の地といえる。かつては周辺の老松が古城跡に風情を添えていた。 古書に「祝儀の宴あり、松の葉嵐につれ来り盃にとまる(中略)一千年色盃深し、目出度奇瑞なりとて松葉城と改められる由」 城では、たびたび能の会を催すなど、優雅な貴族出身たる城主の一面をのぞかせている。城跡からは、青磁等が多量に出土していて、都の香り高い文化がうかがえる。 宇和ライオンズクラブ 西予市観光協会[2010年 四国遍路みちぞい物語]
by mitizoi
| 2010-08-15 14:31
| 43-44
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